令和7年、青谿書院記念館に学習室やトイレを備えた「交流学習館」が完成しました。交流学習館には観光バスも駐車できる広い駐車場があります。交流学習館は団体見学だけでなく、見学者の方の休憩にもご利用いただけますので、青谿書院記念館の見学の際にはぜひご活用ください。 【開館日】 木曜日~月曜日(4月...
詳細を見る大杉ざんざこ踊は県指定無形民俗文化財にも登録されている伝統あるお祭りです。江戸時代初期に流行したカガミという病気を治めるために、地元の庄屋が伊勢に参拝した帰途、奈良の春日大社で習った踊りを氏神様に奉納したのが始まりと伝えられています。 大きな「シデ」(長さ2メートルの大団扇)を背中に背負った中踊りを...
詳細を見る嘉永5年から今現在まで続くお祭りです。 13代将軍 徳川家定の時代に村人数名で西宮総本宮の分霊のお願いにあがりました。 その時、西宮の2文字の使用を許され、焼印と木版を頂きました。 祭りは古くは1月10日に開催していましたが、明治に入り太陽暦変更後は2月10日とし、現在は2月11日(建国記念日...
詳細を見る養父市奥米地の水谷神社で行われる「ネッテイ相撲」は、平安時代から朝廷儀式として行われていたもので四股を踏むことで悪霊を鎮めるとされる相撲神事です。 青色の裃姿の舞い手男性二人が、木太刀で一連の所作を行ったあと、相撲が奉納されます。上半身裸になり、「ヨイ、ヨイ、ヨイ」の掛け声で四股を踏み地を固め、手...
詳細を見る約1800年前より行われ伝統のある無形文化財です。 祭りの由来は、昔々、但馬がまだ泥海だったころ、但馬五社の神様たちが、養父町斎(いつき)神社の彦狭知命(ひこさしりのみこと)に頼んで、豊岡市瀬戸を切り開いてもらい、豊かな大地が生まれたので、養父大明神が代表として、彦狭知命にお礼参りしたことから...
詳細を見る毎年1月14日に御井(みい)神社に奉納される伝統行事。 燃えさかる松明の炎で古鬼面(こきめん)姿に木鉾(きぼこ)を持った鬼をたたき、その年の無病息災を願います。 伝説によると、神代の昔、この地が泥海であった頃に、神が3艘の船に乗って見回りをしていたところ、2艘の行方がわからなくなりました。神...
詳細を見る養父市大屋町大杉地区には、三階建の養蚕住宅のある養父市を代表する素晴らしい農村景観があります。養蚕住宅を中心とした土蔵や納屋などの伝統的建造物群と谷川にそって営まれた集落環境が地域的特色をよく示しています。 大杉地区は、兵庫県北部に位置し、兵庫県の最高峰である氷ノ山の山並みに抱かれた地域であり、氷...
詳細を見る天平9年(737)にはすでに古文書に名を残し、但馬(たじま)5社のひとつに数えられる神社です。古くから「養父の明神(みょうじん)さん」と呼ばれ、農業の神として地元の人に親しまれてきました。また、農耕に必要な牛の売買が養父神社の管理下にあったことから、牛の神様もお祀りしています。土地の人からの信仰があ...
詳細を見る名草神社は、養父市八鹿町(ようかちょう)妙見村に鎮座し、妙見山(みょうけんさん)(標高1139m)の中腹(標高800m)に位置します。古くは「妙見社」と称して、近世の但馬地方における妙見信仰の拠点として栄えました。平成22年、「名草神社」として国指定の重要文化財に指定され、養父市内では、明治37年指...
詳細を見る出雲大社の大改修にあたり太くて立派な妙見杉(みょうけんすぎ)を提供した返礼に寛文5年(1665)に出雲大社にあった三重塔を贈られたものです。塔の高さは約23m、室町時代の建築物で国指定重要文化財です。境内には樹齢250年から400年とされる妙見杉の巨木が現存しています。 ★「思わ猿」って? 名草...
詳細を見る養父市八鹿町浅間(あさま)にある浅間寺。730年に開祖された由緒あるお寺。浅間寺(せんげんじ)の本堂である薬師堂は、元禄4年(1691)に建てられた市内でも古い薬師堂です。この薬師堂の蟇股(かえるまた)と呼ばれる部分に、二十四孝(にじゅうしこう)という中国の忠孝故事(ちゅうこうこじ)を伝える彫刻が彫...
詳細を見る養父市十二所(じゅうにしょ)にある満福寺。今から1200年前に行基(ぎょうぎ)によって開かれたと伝えられる真言宗の名刹(めいさつ:名高い寺)です。幼くして父母を亡くした池田草庵(いけだそうあん)が子どもの頃に学んだお寺としても有名です。中世の頃は19もの坊があり大変栄えましたが、天正年間に豊臣秀吉の...
詳細を見る日本の養蚕に多大な業績をのこした郷土の偉人・上垣守国(うえがきもりくに)を顕彰して建てられた施設です。昭和初期の養蚕住宅を復元し、当時の養蚕農家の暮らしぶりを伝えています。かいこの里と上垣守国養蚕記念館は同じ敷地にございます。 5月下旬頃から約1か月の間、蚕さん飼育現場・成長過程が見学できます。 ...
詳細を見る関西花の寺25カ所霊場の第5番札所。但馬七花寺霊場。 春の『モクレン』、初秋の『白萩』の花がたくさん咲くことで、多くの方が観光に来られます。養老4年(720年)行基が開山したお寺です。 境内にあるモクレンは、4月初旬~5月初旬にかけて、白・ピンク・赤・錦・紫・黄など六色八種のモクレンが順に咲きま...
詳細を見る八木(やぎ)城主八木氏の菩提寺で、1069年(延久元年)に創建したとされる。かつては観音堂(本堂)を中心にして九院三坊の寺院があった。現在は本堂と仁王門が残る。真言宗の密教寺院・今滝寺(こんりゅうじ)の山門には、二体の金剛力士像が安置されています。像は木造の寄木造り(よせぎづくり)で、体内の銘文から...
詳細を見る日光慶重(にっこうけいちょう)が開いたと伝えられる真言宗の古刹(こさつ:由緒ある古いお寺)。近世まで帝釈寺日光院(たいしゃくじにっこういん)と称し、妙見大菩薩(みょうけんだいぼさつ)を本尊とする法統を今に伝えています。最近は但馬七福弁財天めぐり(招福弁財天)、近畿23ヵ所楽寿観音めぐりの霊場として知...
詳細を見る嘉永5年(1852年)西宮神社(日本ゑびす信仰神社3500の総本社)にお詣りし、分社をお願いしたところ、「西宮」の二文字を許され、焼印をご神体としていただき持ち帰りました。かつては別の場所に祀られていましたが、明治14年(1881年)、現在の場所に移転されました。 毎年2月11日は「八木西宮ゑびす...
詳細を見る養父市大屋町夏梅にある蓮華寺。近畿楽寿観音三十三カ所霊場場8番札所になります。境内は「密教浄土庭園」になっており市文化財に指定されてます。同じく境内には市文化財に指定されている「天正ノ老紅梅」があり樹齢450年~600年。紅梅では日本一長寿になります。3月中旬から春の彼岸までが見頃。紅梅の他に桜の木...
詳細を見る慶長19年(1614)、道蓮社大誉還重を開基に開創されました。山号を東福山といい、浄土宗知恩院派に属します。当初は、西念庵と称する庵であったと伝えられてます。 第8世法誉真染の代、寛政4年(1792)4月、本堂・庫裡・楼門に至るまで焼失し、古記録・その他すべて失せました。 文化2年(1805)、本堂...
詳細を見る上八木の西方寺は真言宗の寺院です。開基は今滝寺と同じ覚僧上人と伝えられています。八木城第五代城主の重家が、山深い今滝寺への寺参りが難しい母のために作らせたと言われ、一本の大桜の木からできているそうです。本尊の阿弥陀像、境内観音堂の地蔵菩薩像は鎌倉時代の仏像として貴重であり、また町指定文化財の十三仏(...
詳細を見る幕末から明治の初めにかけて但馬聖人・池田草庵(いけだそうあん)が開いた漢学塾。草庵は、朱子学と陽明学を融合した独自の学問に、さらに修養を重んじた教えを説き、門人たちと起居をともにし、子弟の教育に没頭しました。明治11年に亡くなるまでに青谿書院で学んだ子弟の数は673人にのぼり、北垣国道、原六郎(はら...
詳細を見る「青谿書院資料館」には、草庵の遺品、著書をはじめ、関係資料を数百点展示しています。幕末から明治の初めにかけて但馬聖人・池田草庵(いけだそうあん)が開いた漢学塾が青谿書院になります。草庵は、朱子学と陽明学を融合した独自の学問に、さらに修養を重んじた教えを説き、門人たちと起居をともにし、子弟の教育に没頭...
詳細を見る但馬聖人と言われた儒学者 池田草庵が最初に開いた但馬最古の現存する漢学塾。後に青谿書院に移ったが700名近い門人が勉学に励みました。門人には近代日本の各分野で活躍した逸材を多く輩出しており、草庵の死後門人たちにより山陰義塾を開設。県立の簡易蚕業学校の開設に尽力。後に県立八鹿高等学校、県立但馬農業高等...
詳細を見る養父市立大庄屋記念館は、養父市小城(こじょう)集落の裏山の高台にあります。この建物は、江戸時代後期に出石藩18ヶ村をたばねた大庄屋の長島善右衛門の屋敷を保存したものです。離れの1階には、画家小林磔川が描いた太公望の襖絵があります。他にも、京都知事として活躍した北垣国道男爵の瑞色香春(色みずみずしく春...
詳細を見る映画化・舞台化され人気を博した小説「魔界転生」や「忍法帖シリーズ」、他にも人気アニメ「バジリスク〜甲賀忍法帖〜」の原作としても有名な山田風太郎。その山田風太郎の記念館は風太郎少年が通った旧関宮小学校の跡地に建っており、周辺には風太郎の生家、地酒の蔵元、古い神社、山陰街道の町並み、風太郎の言葉を刻んだ...
詳細を見る昭和58年に公園整備を行うために箕谷古墳群を発掘調査したところ「戊辰年五月」(ぼしんのとしごがつ)という兵庫県下で最古の年号を記した銘文入りの鉄刀を発見しました。 その後公園整備が完成し、銘文入り鉄刀にちなんでこの付近は“つるぎが丘公園”と名付けられました。西暦630年代から660年代にかけて造ら...
詳細を見る平成9年(1997)に国指定文化財となった八木城跡は、中世の但馬地方を代表する武将・八木氏一族の鎌倉時代から戦国・豊臣時代までの約400年間にわたる城や館の遺跡群です。ふもとには鎌倉時代の屋敷跡とされる殿屋敷遺跡、そして南北朝時代の土城(どじょう)の構造を伝える八木土城(やぎどじょう)、さらに豊臣時...
詳細を見る戦国大名として越前国(福井県)を治めた朝倉氏の発祥の地になります。朝倉氏は孝徳天皇の皇子、表米親王を始まりとします。平安時代末期に地名を苗字として朝倉氏が興り、朝倉高清を初代としました。その中から八木氏、宿南氏、奈佐氏などの多くの武将を輩出してます。朝倉城は集落の南西の丘陵にあり、東西130m、南北...
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